歴史ウォーカー

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2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

王子神社 東京都 北区

御祭神は伊邪那美命(いざなみのみこと).伊邪那岐命ま(いざなぎのみこと).天照大権現神(あまてらすおおみかみ).速玉之男命(はやたまのおのみこと)事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で王子大神と呼ばれてました。 紀州熊野三社権現(本宮、那智、新宮)の…

伊予松山藩 江戸屋敷跡 松平讃岐守

1600年関が原の戦いで東軍に味方した加藤嘉明公が20万石で立藩、1627年陸奥国会津藩42万石に加増転封変わって蒲生忠知公が24万石で入封、1634年嗣子(しし)が居なく蒲生氏は、断絶し、代わり1635年松平定行が15万石で入封し明治維新まで続きました。1703年2月…

陸奥岩城平藩 江戸屋敷跡 安藤長門守

浜通り南部は、平安時代から岩城氏が支配して関ヶ原で西軍に着いた為に領地を没収され代わりに鳥居忠政公が10万石で入城しました。父元忠公は関ヶ原前の伏見城での戦いにて家康公が3000の兵を置くと言われた所大阪方が大軍できた場合火をかけて討ち死にする…

稲付城 (東京 北区)

稲付城(いねつけじょう)は、戦国時代太田道灌が築城したと伝わります。扇谷上杉氏に仕えた太田道灌は力を持ち過ぎ主君、扇谷上杉氏に謀殺され孫の太田資高(おおたすけたか)が入城しました。始め扇谷上杉隆に仕えてましたが道灌の撲殺の恨みか、朝興(ともおき…

明治神宮 (東京 渋谷区)

73ヘクタール(やく22万坪)に及ぶ広大な神域は、江戸時代初期は、肥後藩加藤氏の別邸で、1640年より彦根藩井伊氏の下屋敷となっていました。1874年井伊氏から政府に買い上げられ南豊島御料地となり明治天皇は、この地を愛し生前、昭憲皇太妃(しょうけんこうた…

護国寺 (東京 文京区)

護国寺は、1681年5代将軍徳川綱吉公が、生母桂昌院の発願によって上野国(群馬県)大聖護国寺の亮賢(りょうけん)僧正を招き開山しました。幕府直轄の高田薬園の地を提供して開山した護国寺は、桂昌院念持仏の天然琥珀如意輪観世音菩薩像を、本尊とし、号を、神…

伊予新谷藩 江戸上屋敷跡 加藤大蔵少輔

新谷藩は、大洲藩の 支藩として1623年に立藩いたしました。当初兄泰興(やすおき)公とのお家騒動が有りましたが幕府の采配で弟直泰(なおやす)公が新谷藩1万石として立藩して決着しました。当初藩内分知は陪臣(ばいしん)扱いでありますが新谷藩は、唯一幕府か…